伊藤忠商事、上場来最高値更新 要因は中国事業
「伊藤忠商事の株式時価総額が19日、1950年に上場して以来、初めて3兆円(終値ベース)を超えた」(1)9月19日の日経新聞にこのような記事が掲載されました。また、以下のグラフは過去5年間の大手総合商社の株価の変動を表しており、伊藤忠商事株式会社(以下、伊藤忠)が他の商社よりも株価が上昇していることが分かります。
大手総合商社株価指数比較(2012年9月1日を100とした場合)(2)
すなわち、現在の伊藤忠の業績はかつてない程に好調であり、この好調の理由として記事の中では、「強みである中国事業の収益が拡大するとの期待が強い」と紹介されています。
2015年1月、伊藤忠は中国で最大の外資系企業であるタイのチャロン・ポカパン(以下、CP)と共同で、中国最大の国有複合企業である中国中信集団(以下、CITIC)に1.2兆円を投資し、業務・資本提携を結びました。近年の伊藤忠の成功にはこのCITICとの提携が大きな影響を与えています。
この伊藤忠とCITICとの提携はなぜ生まれたのか、なぜ伊藤忠はここまで中国で成功できたのか。その理由を考察します。
伊藤忠商事の概要
伊藤忠は、世界63ヶ国に約120の拠点を持つ大手総合商社です。特に非資源分野に強く、2016年度は純利益3,500億円を達成し、2017年度は純利益4,000億円の達成を目指しています。(3)
伊藤忠商事の中国での強さ
伊藤忠商事と中国市場との関わり
1972年、伊藤忠は総合商社で初めて中国から友好商社に指定されました。これは日本と中国が国交を回復する前のことです。伊藤忠が得意とするのは非資源の生活分野、すなわち「衣食住」なので、市場が縮小する国内ではなく人口が多い中国・アジアに目を向けることは当然のことでした。(4)
これまでの伊藤忠の中国事業展開の例として、中国・台湾の食料品・流通業大手である頂新国際集団と提携し、ファミリーマート事業や、飲料製造、製パンなどの分野で他の日本企業と共同で事業を展開してきました。(5)
一般的に中国市場に新規参入することは簡単ではなく、過去に進出した日本企業のうち、2014年度は274社が中国から撤退しています(6)。そのような中国市場の中で成長を続ける伊藤忠には中国で成功する秘密があるのは当然であり、その一因がCPの社長インタビューから見えてきます。
CP、CITICの概要
CPの社長インタビューの前に、CPとCITICという会社について簡単に説明します。
CPの概要
日本では知られていないCPですが、タイで知らない人はいないほど有名です。「CPは世界の厨房、人類の食の供給者」(7)と豪語するほどCPは農業分野では強く、1979年、外資で初めて中国市場に参入しました。
CITICの概要
一方、CITICは傘下に中国1位の中信証券や中信信託などを保有しており、金融サービスを中心とした企業グループとして知られています。創業者は後の国家副主席を務めた栄毅仁で、中国政府との強いコネクションを有しています。
CPの社長インタビュー
CPのタニン・チャラワノン社長が伊藤忠の岡藤社長と初めて会った時の感想を述べたインタビューがあります。
「私が東京に行ったときに岡藤さんと昼食の機会がありました。挨拶をした瞬間、直感しました。 『この人とビジネスすることに問題はない。絶対上手くいく』と。そして私は心からの意志を表明したのです。これまで私は多くの日本企業の多くの上級役員や社長に会ってきました。しかし、初めて会っただけで、一緒にビジネスをしようと感じたのは初めてでした」(8)
伊藤忠とCITICとの提携はCPが交渉のカギになっていました。上述のようにCPは初の外資として中国に参入し、中国最大の外資系企業となった現在では、中国首脳部と太いパイプを持っています。中国において人脈は大きな意味を持ち、ビジネスはもちろん、(日本とは違って)就活なども人脈で決まるのが当然のことです。伊藤忠は既に中国で多くの事業を行っていましたが、現地市場への浸透には課題を持っており、CPと提携することで更なる事業拡大を狙っていました。そのような中行われた初の会合で、CPのチャラワノン社長を一瞬で信頼させた岡藤社長こそが、最近の伊藤忠の成長の大きな要因ではないか、さらに言えば、社長だけではなく、このような社長を生み出す会社の風土があるからこそ中国での成功があったのではないかと考えます。
伊藤忠商事成長の理由は人にあり
岡藤社長が交代すれば会社の成長は止まるのかと言えば、そうではないでしょう。伊藤忠という会社には優秀な人が育つ環境があるからです。
その環境とは、より早い成長が求められること、業務効率が良いことの2点が上げられます。総合職の人材育成プログラムについてはどの総合商社も内容がかなり充実しており、差はほとんどないと思われますが、伊藤忠では他の商社と違うことが2つあります。それは従業員数と働き方改革(朝方勤務の導入)です。
伊藤忠グループは連結では10万人を超え、5大商社の中で最大の従業員数ですが、伊藤忠単体では最小の4,000人ほどです。三菱商事や三井物産の7割ほどしかおらず、伊藤忠グループ全体をマネージメントするために、他の商社より早く成長することが求められます。
また、総合商社といえば長時間勤務というイメージがある中で、伊藤忠は働き方改革を含めた健康経営を積極的に推進し、朝方勤務を導入しました。導入前は20時以降に約30%、22時以降に約10%の社員が残っていたところ、導入後は20時以降が約7%、22時以降がほぼゼロとなっています。朝に出社する社員が増えた一方で、全体の勤務時間は導入後、約10%減少しています。
早く成長することが求められ、かつ効率良く業務を行う。朝方勤務が導入されたのは2013年10月のことですが、時代の変化に対応し、良いと思ったものは直ぐに取り入れるこの姿勢が伊藤忠商事という会社の雰囲気・風土を表しています。厳しい環境の中で効率よく業務を遂行し、人の何倍も早く成長することで、大きな交渉の場でも堂々として信頼性を与える人物になるのでしょう。
優れた人材が多い会社は強い
CPのチャラワノン社長がインタビューで答えていたように、何だかんだ言ってもビジネスは何かインスピレーションや雰囲気で決まることが多いのかもしれません。信頼性を与え、一緒に何かをやりたいと思わせる。そのような人材が多い会社は強く、今後も成長していきます。伊藤忠の成長の秘密は人にあり。ありふれた結論ですが、最後はここに落ち着くのではないでしょうか。
参考
- 「伊藤忠の時価総額、初の3兆円超え」 https://www.nikkei.com/article/DGXLZO21292330Z10C17A9DTA000/
- 日本経済新聞 スマートチャートhttps://www.nikkei.com/markets/chart/#!/
- 伊藤忠商事ホームページ https://www.itochu.co.jp/ja/index.html
- 「中国最強商社」伊藤忠商事 https://www.itochu.co.jp/ja/files/ar2011j_05.pdf
- 伊藤忠、中国食品大手の頂新に20%出資へ https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-35019720081120
- 伊藤忠 躍進の秘密 洋泉社MOOK
- 「商社の勝者」 週刊ダイヤモンド、2015年7月4日
- CP社長のインタビュー http://m.prachachat.net/news_detail.php?newsid=1490257171
編集者:株式会社mannaka
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