東芝とウエスタンデジタルの交渉背景を考察
2017年夏季は株式会社東芝(以下、東芝)の動向が話題となりました。米ウエスタンデジタル(Western Digital Corporation=WD 以下、ウエスタンデジタル)が、東芝の半導体メモリー事業売却の差し止め請求を、米国カリフォルニア州の上級裁判所へ申し立てをしたり、半導体メモリー事業の売却先としてベインキャピタル(Bain Capital LLC.)や株式会社産業革新機構に優先交渉権を認めたことは記憶に新しいところです。東芝は、投資したアメリカの大手原子力発電所メーカーのウエスティングハウス・エレクトリック(Westinghouse Electric Company LLC.)の倒産で巨大な損失を受け債務超過となりました。東芝の経営陣は上場廃止を避けるため、半導体メモリ事業の売却を決定したのですが、この売却に対してウエスタンデジタルは強く反対しました。
今回は、ウエスタンデジタルと東芝の関係及び、ウエスタンデジタルが東芝の半導体メモリー事業の売却に反対する理由を考察し、また両者間の交渉の行方を模索したいと思います。その過程で、NANDやメモリー市場というキーワードも簡単にご紹介します。
(参考:日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ21HEG_R20C17A6000000/)
ウエスタンデジタルと東芝の関係
NAND型フラッシュメモリーとは
ウェスタンデジタルと東芝の関係はNANDメモリーと関連していますので、まずNAND型フラッシュメモリーについて簡単にご紹介します。
NAND型フラッシュメモリー(NAND)は舛岡富士雄氏が東芝に在籍していた当時に発明した不揮発性メモリで、電源を切っても保存されたデータが消えないという特徴があります。また、大量のデータを安価に高速で扱えるという利点があります。NANDを用いて、SSD、SDメモリーカードやSLCNANDなどというNAND関連の製品が作られました。
ウエスタンデジタル-サンディスク-東芝の関係
ウエスタンデジタルと東芝は、NANDに強いアメリカのメモリーカード大手サンディスク(SanDisk Corporation 以下、サンディスク)を仲介とする形で結びつきました。
まず、1999年にサンディスクと東芝はNANDの共同開発を世界に先駆けて開始しました(1)。
その後、2016年5月12日に世界の主要なハードディスク(HDD)メーカーの一つであるウエスタンデジタルは、NANDメモリーのグローバルリーダーであるサンディスクを買収しました(2)。これにより、サンディスクと東芝のNAND共同開発事業における企業提携はウエスタンデジタルに移譲されました。
したがって、現在、サンディスクと東芝の提携における権利関係は、ウエスタンデジタルが引き継いだかたちで、東芝との関係が続いていると言えるでしょう。
ウエスタンデジタルが東芝の半導体メモリー事業の売却に反対する理由
ウエスタンデジタルの2016年度の年次報告(10Kレポート)によれば、韓国の半導体製造大手SKハイニックス(SK hynix Inc.)(SKハイニックスの詳細はこちらの記事をご覧ください。「最高水準の半導体を製造 韓国の半導体大手『SKハイニックス』とは?」)はウエスタンデジタルにとって、SSD事業におけるライバルの1つであることが明記されてあります(3)。一方、東芝が検討していた日米韓連合という売却先にはSKハイニックスが一員だったようです。東芝と提携関係にあるウエスタンデジタルとしては、そのような売却はライバル企業の技術力を増大させる可能性もあり、したがって反対のために様々な努力を惜しまないと思われます。
東芝の半導体メモリー事業の魅力
メモリー市場の動向
東芝の大島成夫氏(4)によると、NANDメモリーは徐々に高速になり、ビットコストが安くなり、電力の消費も低く、信頼性が高くなるため、未来の技術にとって不可欠なものです。サーバーストレージにはSSDはHDD より望ましいと考えられています。つまり、データの大容量化の進む現状では、安価なNANDメモリーテクノロジー抜きに半導体業界を生き残るのは難しくなってきているようです。
東芝の3D NANDの魅力
これまでの2D NAND(2次元NAND)は平面的制約による物理的限界もあり、3D NAND(3次元NAND)技術が生まれました。インテルのホームページによると、3D NANDは2D NANDと違って、データストレージセル(data storage cell )が三次元に重層化されます。このようなことで、データストレージが立体的に拡大され、ビットコストが低くなり、スピードや信頼性も高くなります。つまり、3D NANDは過去の2D NANDより効率が非常に高い点が特徴です(5)。
今3D NANDメモリーを製造しているメーカーはサムスン、東芝、インテル、SKハイニックス等限られております。先述したように、NANDの需要はこれから高まるのはほぼ間違いなく、その点で、東芝の半導体事業は大変に有望な事業と考えてよいでしょう。
ウエスタンデジタル、東芝との協議:ウエスタンデジタルからの観点
ウエスタンデジタルの技術的側面
ウエスタンデジタルの事業戦略によると、コアビジネスのHDD事業の効率化を更に推進するそうです。また、SSDとソリューション事業に関しては既存の成長している市場に投資し、さらに、IoT(Internet of Things)のような新興市場などにも戦略的に投資し、業界におけるリーダーを目指すとしています。さらに、ウエスタンデジタルはクライアントにHDD とSSD のハイブリッドソリューションを提供し、より高い市場価値で成長するとしています(Western Digital 2016 Annual Report、p6)。
また、年次報告によると2016年7月にウエスタンデジタルは64レイヤーの3D NANDの開発を発表しました。ウエスタンデジタルは、東芝と3D ReRAMや2Dと3D NANDの製造にパートナーとして協力し続けるようです(p8、p10)。
以上のような事業戦略により、ウエスタンデジタルは技術的には切実に東芝との提携を維持したいといえるでしょう。ウエスタンデジタルの2016年度の年次報告にも東芝の技術はウエスタンデジタルにとって重要だと明示されています(p.22)。したがって、技術的観点だけに注目すると、ウエスタンデジタルはやがて技術提携等の合意に向けて歩み寄ると思われます。
ウエスタンデジタルの財務的側面
一方、ウエスタンデジタルの2016年度の損益計算書とキャッシュフロー計算書をみると当該年度の純利益は2014年度に比べて劇的に落ちており、約85%減少しました(2016年度年次報告、p68)。2016年度のキャッシュフローを見ますと、M&Aの為の支出は98億ドル超で、過去3年間で最も大きい支出額でした(p70)。この金額は、ウエスタンデジタルがサンディスクを買収したためと考えられます。
さらに、ウエスタンデジタルの2016年度の年次報告書のリスクファクターの項目にも、ウエスタンデジタルは東芝と半導体の材料であるウエハーの製造や3D NAND製造インフラの投資の期間と条件が明確ではなく、投資や新しいウエハー製造を利用する予定がない場合もあるかもしれないと書いてあります(p.23)。そして、ウエスタンデジタルまたは東芝どちらかが資源や信頼性を十分に提供できない場合に、ウエスタンデジタルは投資額を遅延するか減少するようです。
結論として、先述した技術的利点があるものの、東芝との今後の交渉にウエスタンデジタルは純利益の減少による財務的理由とサンディスク買収に伴うM&Aリスクに対処するためかなり用心深い経営戦略をとると思われます。したがって、ウエスタンデジタルの方針により、半導体部門の売却金額や経済的な条件は東芝の望み通りにいかない可能性があるでしょう。
現在もウエスタンデジタルと東芝の交渉は続いています。今後もしばらく見守っていきたいと思います。
参照リスト
(1) サンディスクホームページ https://www.sandisk.com/about/company/history#2000—1996-section
(2) https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/106040/000119312516584772/d163604dex991.htm
(3) Western Digital 2016 Annual Report (http://investor.wdc.com/downloads.cfm)
https://materials.proxyvote.com/Approved/958102/20160908/AR_297330/ (p.5)
(4) 大島成夫, 半導体不揮発性メモリの技術動向と展望、東芝レビュー,(2011) Vol.66, No.9
https://www.toshiba.co.jp/tech/review/2011/09/66_09pdf/a02.pdf
(5) https://www.intel.co.jp/content/www/jp/ja/solid-state-drives/3d-nand-technology-animation.html
編集者:株式会社mannaka
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