インクルージョン・ジャパン(ICJ)株式会社 吉沢氏に聞くベンチャー支援の面白さと抽象化力【前編】

 
今回はインクルージョン・ジャパン(ICJ)株式会社 吉沢康弘氏にご登場いただきました。インクルージョン・ジャパン(以下ICJ)では、日本の腕の立つビジネスパーソンによる新しいビジネスの創造を支援し、世の中で「最高のキャリアとは、自分たち自身でビジネスを興していくことなのである」という常識を作り出すことを目指しています。同社の取締役である吉沢氏に、大企業の肩書きを捨て自身の手でビジネスを手がける面白さ、20代、30代の経験から得た力についてお話を伺いました。編集長の柴田、株式会社Mi6の川元との対談をぜひ、お楽しみください。
 
以下
吉沢:インクルージョン・ジャパン(ICJ)株式会社取締役 吉沢康弘氏
柴田:株式会社mannaka 代表取締役 柴田 雄平
川元:株式会社Mi6 代表取締役社長 川元 浩嗣
 

ゼロベースで新規の立ち上げをする楽しさ

柴田
まずは吉沢さんの現在のお仕事について教えていただけますか。
 
吉沢
インクルージョン・ジャパン(ICJ)株式会社の取締役として、大企業のイノベーション支援、ベンチャー企業の創業・急成長の支援、大手企業とベンチャーをつなぐコミュニティの運営などを行っています。
 
柴田
ICJを始める前は何をされていたんですか?
 
吉沢
P&Gからキャリアスタートして、コンサルティングファームに入りました。その後ライフネット生命保険株式会社の立ち上げに関わりました。メンバーは30歳前後で、マッキンゼーやP&G、スターバックス、ヤフーといった大手企業から移ってきた人ばかりでした。大企業で仕事した後にみんなでゼロベースから新規の立ち上げをするというのが非常に楽しかったです。
 
ゼロから立ち上げて、軌道に乗ったら大企業に戻ってもいいし、また新規の立ち上げをやってもいい。そういうことを繰り返せたら、100歳ぐらいまで人生が続いても相当楽しいだろうなというのが、現在の仕事の原点ですね。
 
川元
立ち上げの楽しさが、吉沢さんの原点なんですね。
 

 
吉沢
当初は結構めちゃめちゃで、大企業と提携交渉して夜中になって、帰るの面倒だからオフィスに戻ってそのまま仕事して翌日も働くみたいな、そんなノリだったんですよ。ある時、男子トイレからジャージャーすごい音がするんです。行ってみたら、KPNG出身の変な奴がいるんですけど、トイレの洗面所で手洗い石鹸を使って髪を洗ってるんですよ。「カンさんどうしたの?」って聞いたら「明日大事なプレゼンがあるからさ、ちょっと今から気合い入れて資料作ろうと思って」って(笑)。でも30歳ぐらいのビジネスパーソンって、結構そんなもんなんです。
 
ライフネット生命立ち上げの一方で、趣味でいろんなベンチャー企業を手伝ったり実験をしていたんですね。これが面白くて、いろんな人とベンチャーの立ち上げをやりたいなと思って、当時リクルート社で事業提携やっていた服部と一緒にICJを設立したんです。
 

大企業のエリート層が起業する社会に

 
柴田
ICJではベンチャーの支援を積極的に行っていますね。
 
吉沢
僕の考えとしては、大企業に勤めているエースクラスの人にベンチャー起業してほしいと思っています。メガバンクでエリート街道を走っていた知人が、起業してもうすぐ上場するんですが、こういう例が増えていけばいいなと。そうすれば後輩も「今は銀行に勤めてるけど、こう生き方もできるんだな」って思うじゃないですか。
 
最近はファンド出資もしていて、たとえば月面探査レースに挑んだ「HAKUTO」で知られる宇宙開発ベンチャーのiSpace、ああいった会社の出資支援もしています。そこの代表の袴田さんも、もとはアメリカで宇宙工学を学んで大手のコンサルティング会社に勤めていた人なんですね。彼は今すごくメディアに出ていますが、そういう人たちの認知度が上がることも、大企業に勤めている人が起業するきっかけづくりに必要だなと思います。
 
あともう一つ問題なのが、エリート街道の人が起業した場合、奥さんのご両親に反対されることが多いんです。「うちの娘を預けたのに騙された」みたいな。ICJでは突き抜けたベンチャー企業を支援して、上場するレベルまで有名にしてるんです。新聞やテレビなどのメディアに出て有名になると、奥さんのお父さん世代も心のバリアが取れてきますから(笑)。
 
柴田
今、個人で生き抜く時代になりつつありますよね。「副業時代」「フリーランス時代」が来てると思うんですけど、吉沢さんがP&Gを辞めた時代は、まだ大企業の肩書きが有効だったと思うんです。周囲に自分と同じような事例がない中で、何をきっかけに「辞めよう」となったんですか?
 
吉沢
僕、戦略的な部分は戦略的なんですよ。東京大学で修士課程まで進んで、P&Gにも3年在籍したので、「このブランドベースがあれば、違うところでも大きい仕事ができる」と思っていました。日本国内では、今でも何だかんだ言って社会的ベースの信頼が大事なんですよね。そのベースとなる部分を築いたので、「ここで小さいところに移ってもリカバれるな」と思いました。
 
柴田
「リカバれるな」と。
 
吉沢
周囲を見て思ったんですが、30歳、40歳になっても学び続ける環境に置かれた人ってすごいんですよ。そういう環境を選び続ければ進化すると思った。それに「ブランドがなく個人の力で、しかも直接フロントに立って案件を取ったり事業を作るようなことは、今やっておかないと2度と最前線に立てなくなる」と考えたんですね。
 
柴田
それって、チャレンジ的な心境なのか、それともトライアル的にやろうみたいな感じなんですか?
 
吉沢
何となくね、やっといた方がいいんじゃないかっていう。
 
柴田
直感に従った感じなんですね。もちろんロジックの部分はしっかり組み立ててたとは思うんですが。それは何歳ぐらいの時ですか。
 
吉沢
28歳の時ですね。
 
柴田
今の若い世代は、就職が比較的楽ということもあって、転職サイクルが非常に早いですよね。大手企業もすぐに辞めてしまうような。若い世代に向けて、大手企業にいる間に身につけた方がいいスキルやマインドについてお話しいただけますか。
 
吉沢
大手企業が持っているお金のリソースやブランドを、組織で合意形成してもらって引き出すという、そのメカニズムを学んでおくことは大事だと思います。
 
ベンチャーで事業提携するにしても、大手企業の方に意思決定してもらえるかどうかで、スケールが全然違ってきますよね。早い段階で大手企業を辞めてしまう人って、そういう大きな意思決定に関われなかったり、関わる前に諦めるケースが多くて、それがすごくもったいない。意志決定の経験を持っていれば、たとえばベンチャーで事業開発をするときにも「意思決定ってこういう風にやってたな」っていうのがおおむね分かりますよね。そうすれば、大企業にも上手く対応できるようになる。ベンチャーや新しい技術を持っている会社で、そういう感覚が分かる人材は少ないんです。だから、逆にそういう経験があれば格段にチャンスを掴みやすい。
 
柴田
今のお話はICJさんのスタイルにも通じていますね。「大企業のエースクラスの人に起業してもらいたい」という点と、「大企業のロジックを理解することがベンチャーとして戦う上で大事」という点が。
 
吉沢
僕は一緒に仕事する相手として好きなのが、トップティアの人材なんです。そういう人と主に仕事をするというのが、まず前提にあります。彼らは極端な話、環境を選ばないんですよ。どこにいても自分で環境を変える力や巻き込む力が強くて、組織を最適化できるんですよね。
 
たとえばMUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)でフィンテックを推進している藤井達人さんは、IBMのエンジニアを経てマイクロソフトのトップコンサルタントになった方なんですね。MUFGに転職して、フィンテックの仕掛けをゼロベースで立ち上げたんですが、銀行の組織内で意思決定をして新しいテクノロジーを導入した。こういう人材ってどこにいようが同じようなことができるんですよ。ICJとしては、そういう人たちと上手く組んでいきながら、大きい仕掛けを張っていきたいと思っています。
 

 

社会人2年目がキャリアの分岐点

 
柴田
吉沢さんが若い世代を見ていて、たとえば「この子は伸びそうだな」といったことは、どういうところで感じますか。
 
吉沢
入社して2年目ぐらいまでは、みんなそんなに悪くないんですよ。最初は社会に出て知らないことばかりだから、学習するんです。でも、2年目の終わりぐらいから差が開き出す。そこで自分の成長や変化に一定の満足をしてしまうと、ダメですね。貪欲な人や伸びる人は、2年目ぐらいには「次は何しなきゃいけないんだろう」とか「もっとすごい人って何やってるんだろう」と考える。そういう、常に追い求めてる人が伸びる気がしますね。
 
柴田
なるほど、2年目ぐらいで上方比較や下方比較が出てくるんですね。
 
吉沢
どういうことですか?
 
柴田
上方比較をする人たちって、基本的に自分たちより上の人たちを見てるから、年収も上がり続けるというようなデータがあって。下方比較する人たちは年収がどんどん下がっていくという。
 
吉沢
下と比較するということですか?
 
柴田
そうです。下と比較をして、自分が常に上だから伸びないんです。それに近いのかなと。
 
吉沢
自分よりすごい人たちがいつも周囲にいる状況だと、否が応でも上がっていきますからね。
 
柴田
そう考えると、常に自分より上の人たちを見るようにマインドセットして、行動する方がいいということでしょうか。
 
吉沢
そうですね。僕はラッキーなことに、20代後半から30代にかけて「上場企業の社長を歴任して一族も経営者ばかり」みたいな方々と一緒に仕事する機会が多かったんです。そういう方は目線が全然違ってたので、いつも「すいません、僕こんなショボいことしか考えてなくて」みたいに思ってましたよ。
 
柴田
吉沢さんでも、そういうこと思ってらっしゃったことあったんですね。
 
吉沢
常に思ってますよ。
 

 
川元
その頃の印象的なエピソードがあったら聞かせてもらえますか。
 
吉沢
一番覚えてるのは、ある大企業の経営を歴任した方と一緒にベンチャーを手がけた時のことですね。インターンの大学生も交えて議論したんです。その時に一人の学生が「僕はこんなこと思ってるんだけど」って、申し訳ないけどかなりショボい内容の話をしたんですね。
 
そしたらその経営者の方が、「君がそういうことを思ってるのは僕はちゃんと理解した。でも君の言ってる内容は全面的に間違ってると思う」という風に、すごく紳士的に言ったんですよ。「あっ、これだな」と思って。人格とマインドを切り分けて「リスペクトを失ってないけど内容はきれいに完全否定する」というスタンスが素晴らしいと思いました。
 
柴田
それは素晴らしいですね。
 
吉沢
これはあくまで一例なんですが、そういう風にスタンスが素晴らしい人って世の中にたくさんいるし、そこから学べることは多い。最近はそういう人に会う機会も作りやすいと思いますし、会えばわくわくすると思いますよ。
 
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今回の対談の前編では、大企業を辞めてコンサルティング業界に入り、ゼロベースからの立ち上げに面白さを見出したという吉沢さんの原点について語っていただきました。「大企業のエリートクラスにこそ、自分でビジネスを興してほしい」と腕の立つビジネスパーソンの起業支援を積極的に行う吉沢氏。今も多くの大企業で終身雇用が慣例となっている日本において、吉沢氏の取り組みが未来を変革する力になっていくことを実感しました。対談の後編では、吉沢氏のビジネスの核である「抽象化力」と、若い世代に向けたメッセージについてお話を伺っています。
 
後編は「ビジネス状況を抽象化する力」「抽象化したモデルを実験・検証する」「前例にとらわれず、まずはやってみてほしい」というお話を伺いました。後編もぜひご覧ください。
 
▶︎インクルージョン・ジャパン(ICJ)株式会社
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