ベトナムにおけるM&A 現在の状況、メリットとデメリット

活発に行われる日本企業によるベトナムM&A

11月8日に、あおぞら銀行とホーチミン市証券 (Ho Chi Minh City Securities Corporation)(HSC証券)はクロスボーダーM&Aアドバイザリー事業を提携しました。日本企業によるベトナム企業のM&Aはこれが初めてではなく、ベトナムからみると活発に行われております。そこで、この際に改めてベトナムにおけるM&Aの現在の状況、メリットとデメリットを日本の視点も絡めてご紹介します。
 

ベトナムにおけるM&Aの現状と傾向

東南アジアにおけるベトナムのM&A市場のプレゼンス

東南アジアにおいてベトナムのM&A市場規模(取引総額)はトップではありませんが、今後の成長が見込まれております。
 
MAF (Vietnam M&A Forum) の研究グループによると、現在、東南アジアのM&A市場の中でベトナムのM&A市場規模は平均的な水準です (1) 。以下のグラフを見るとベトナムにおけるM&A件数はシンガポールのM&A件数の約77%を占めますが、相対的にベトナムのM&Aの取引額は低いことが読み取れます。

 

ベトナムにおけるM&Aの現状・傾向

なぜベトナムのM&Aの件数は多くても取引額は低いかというと、ベトナムでは取引額が高いM&A案件が少ないからです。すなわち、ベトナムのM&A市場では小規模のM&A案件が多く、そのような案件がM&A市場の取引総額の64.16%を占めており、総件数の9割を上回りました。一方、海外企業からのM&A案件は少数ですが高い取引額ですので、ベトナムのM&A市場に重要な役割を果たしています (1)
 
IMAA (International M&A Certification Program) が作成した統計「Mergers & Acquisitions Vietnam」 (2) によると、ベトナムにおけるM&A件数は2013年の下降の後に著しく回復し、2016年のM&A取引総額は647.6億円となり、過去最高となりました。しかし、その後M&Aの件数と取引額が落ちており、2017年10月までの10か月間の統計によると、昨年の1年間の市場規模の50%ほどにしか届いておりません。
 

 
ベトナムのM&A市場は全体的にM&Aの件数と取引額が揺れ動いているのがわかりますが、長期的に見れば上向いており、今後も成長すると予測されています。
まず1点目に、2007-2008年からは3、4年間に一度M&Aの取引額が落ち、それからまた回復する傾向が見てとれます。よって、このパターン通りになるとすれば、2017年のM&A取引額は前年より低下したとしても翌年から再び上向き、M&A市場の成長が予想されます。
また2点目に、東南アジアはASEANにみられるように一つの経済圏です。その共同体としての経済成長傾向を勘案しますと、東南アジア全体の底上げはほぼ確実であり、ベトナムも当然その傾向を持続する努力を惜しまないでしょう。
3点目にベトナムのM&A市場規模は東南アジアのなかで平均的であるがゆえに成長の余地が十分にあると考えられます。
したがって以上の3点を踏まえると、ベトナムのM&A市場は十分な成長余地を活かして成長すると考えられています。
 

ベトナムにおけるM&Aのメリット

前述したように、ベトナムではM&Aの取引総額が徐々に伸びていくと考えられていますが、その際の海外からの投資は重要視されています。では実際、海外企業がベトナム市場にM&Aで参入する際にどのようなメリットがあるのか3つの主なポイントを述べたいと思います。
 

ベトナムにおけるM&Aのメリット 1.「人口が多い」

ベトナムの人口は9,500万人で、個人所得も高くなっています。そのため、商品やサービスの質と種類への期待も上がっており、需要は高まっていると考えられます。したがって、日用品(FMCG :Fast Moving Consumer Goods)、小売や金融サービスなどのマーケットは拡大するものと期待されており、海外企業にとって魅力的と思われます。具体的な方法としては、海外企業が現地企業を買収し、地方企業の工場、店舗や供給網などを活用することによって、比較的低いリスクで一歩ずつベトナムの魅力的なマーケットに進出することが考えられます。
 

ベトナムにおけるM&Aのメリット 2.「インフラの改善が進んでいる」

全国で空港や道路などといった公共施設の建設及び整備が行われると、工場などを展開しやすくなります。そうすれば、ベトナムは設備を設置しやすい投資先として海外企業にアピールすることができます。事実、近年のベトナムのインフラへの投資額はGDPの7%であり、東南アジアで最も高い比率です(3) 。現在ベトナムは都市部だけではなく、他の地域にも工業団地などが発達してきており、新たな経済拠点が生まれてきております。ベトナムでのM&Aを考える海外企業は、ベトナム企業や生産者を買収した後に現地の施設を改善することも容易にできる環境が整ってきているといえるでしょう。
 

ベトナムにおけるM&Aのメリット 3.「政府間で投資協定を締結している」

ベトナムには日本との地理的な近さ、安い労働費用などといったアジア他国との共通の特徴以外にも魅力があります。ベトナム政府は日本の企業、及び投資家の活動を援助するために努力し、日本政府と友好関係を保ってきました。2003年には、二国は投資活動を促進するために「日越投資協定」を締結しました (4) 。また、中国の労働費用の上昇と地政学的なリスクのため、日本の投資家は投資先を多様化してきました (5) 。このような情勢を俯瞰してみますと、日本企業にとってベトナムは魅力的なマーケットではないかと思われます。
 

ベトナムにおけるM&Aのデメリット

海外企業にとってM&Aは文化や法律的な問題が障壁となりますが、それ以外に以下のポイントも現在のベトナムにおけるM&Aの主な障壁です。
 

ベトナムにおけるM&Aのデメリット 1.「取引基準通貨」

ベトナムにおけるほとんどのM&A取引は円ではなく米ドルで表示されます (5)。 さらに、ベトナムの企業は海外企業に売却する際に自社のビジネスの価値を過大評価する傾向があります (1)。 当然のことながら現在のようにドルに対して円が安くなると、ドル基準で行われるM&A取引額は日本の企業にとって更に高額となってしまいます (5)
 

ベトナムにおけるM&Aのデメリット 2.「国有企業(SOE)の民営化・構造改革の進捗が遅い」

二つ目の障壁は、ベトナム国有企業(SOE:State-Owned Enterprise)の民営化及び構造改革は投資家の需要に追いついていないことです。現在GDPに対してSOEは28.8%、民営企業は11.8%の貢献をしている (6) ことから、SOEは依然としてベトナム経済の主要な要素といえるでしょう。 投資を促進するためのSOEの民営化に対する政府の努力にもかかわらず、民営化及び構造改革プロセスは期待通りに進んでいません (7) 。 MAFの研究グループ(2016年)によると、2016年に民営化されたSOEは、52社で2015年の約25%です (1) 。また、売却されたSOEの割合はわずか8%でした。 この緩慢な改革プロセスは確実にベトナムにおけるM&Aの障害物の一つになっています。
 

ベトナムにおけるM&Aのデメリット 3.「曖昧な会計基準と財務報告」

最後の障壁になるポイントは、ベトナムの曖昧な会計基準と財務報告の不透明性です。 ベトナムの会計基準とIFRSとの間には、様々な相違点があります。例えば、ベトナムの会計基準では金融商品に関するリスクを表示しなかったり、貸借対照表に金融派生商品を計上しなかったりすることが認められるそうです (8)。財務報告の不透明性や会計基準の相違によって、ベトナムの企業の業績を正確に評価することは困難となる場合があり、このことは海外企業がベトナム企業とのM&Aを検討する際に最も大きな障壁となるでしょう。
 

ベトナムM&A市場の今後の成長に注目

全体的にベトナムのM&A市場には成長の余地があり、魅力的な市場ですが障壁も多くあります。さらに、今回述べたようなベトナムの強みの多くは他の東南アジア諸国も有しており、東南アジアで最も魅力的な市場であるとはとても言い切れません。それゆえ、ベトナムは自国のM&A市場の持続可能な開発のために、市場の質と取引額を上げる努力をして競争上の優位性とコアコンピテンシーを作らなければなりません。ベトナム政府は労働者の教育水準を上げるなどし、上述した海外企業の参入障壁を排除したりすれば、より吸引力のあるM&A先になれるでしょう。日本の企業や投資家の方もぜひベトナムに注目していただければと思います。
 
 
参照リスト

  1. MAF「2016-2017年度のベトナムのM&A市場:Bao cao M&A 2016-2017 – Can mot cu hich moi」 [http://maf.vn/hinhanh/tintuc/Bao%20cao%20M&A%202016-2017%20-%20Can%20mot%20cu%20hich%20moi%20.pdf]
  2. M&A Vietnam (IMAA) [https://imaa-institute.org/m-and-a-statistics-countries/#Mergers-Acquisitions-Vietnam]
  3. In Asia’s infrastructure race, Vietnam is among the leaders(Bloomberg, March 2017) [https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-03-22/in-asia-s-infrastructure-race-vietnam-is-among-the-leaders]
  4. 外務省「投資の自由化、促進及び保護に関する日本国とベトナム社会主義共和国との間の協定」 [http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty159_2.html]
  5. M&A will strengthen the strategic partnership between Japan and Vietnam (PWC,2015) [https://www.pwc.com/vn/en/advisory/deals/assets/ma-will-strengthen-the-strategic-partnership-between-japan-and-vietnam-pwc-vietnam.pdf]
  6. Doanh nghiệp Nhà nước đóng góp 28,8% GDP cả nước [http://enternews.vn/doanh-nghiep-nha-nuoc-dong-gop-28-8-phan-tram-gdp-ca-nuoc-104171.html]
  7. Economic Outlook for Southeast Asia, China and India 2016 – Vietnam (OECD iLibrary, 2016) [http://www.oecd-ilibrary.org/development/economic-outlook-for-southeast-asia-china-and-india-2016/viet-nam_saeo-2016-15-en]
  8. Understanding Vietnamese accounting standards (Vietnam Investment Review, 2010) [http://www.vir.com.vn/understanding-vietnamese-accounting-standards.html]

 
 
編集者:株式会社mannaka
協賛 :株式会社エスネットワークス
 

財務・会計系コンサルティング会社。
ベンチャー企業やローカル企業にCFOコンサルティングを行っています。
「経営者の輩出」を企業理念とし会計や財務の実務支援能力だけでなく、 CFOとして求められる知識や経営センスをより短期間で身に付け、育成することを目指しています。
エスネットワークスは、「経営者の視点でニーズを掴み、経営者の視点で課題を解決し続ける、最強パートナー」を実現すべく、成長し続けています。
 
エスネットワークスのサイトはこちら
株式会社エスネットワークス
mannakaのサイトはこちら
株式会社mannaka