小売に「革新」をもたらすIT技術の活用事例 オムニチャネル、ビーコンなど Vol.1の続きです。
小売業界に革新をもたらす技術① 「ビーコン技術」
ビーコン技術の仕組み
日本では現在はあまり普及していませんが、ビーコン技術もまた小売業のあり方を変革しつつあります。まずはビーコン技術についてですが、アメリカのシンクタンクMobile Future InstituteのCEOであるChuck Martin氏によると、ビーコンはBluetooth Low Energy (BLE) という技術を利用し、周辺のスマートフォンに信号を送る無線送信機です (HBR, 2014)*7。さらにBLEを簡単に説明すると、無線通信規格であるBluetoothの中でも電力消費が低く費用を安く抑えられる技術です。
ビーコンは、顧客が設置個所に近づくと特別なコードを顧客のスマートフォンに送信しますが、対応するアプリケーションでしかコードをメッセージ化することができません。したがって、ビーコンデバイスに対応するアプリが顧客のスマートフォンにダウンロードされてないとメッセージは届きません。つまり発信側としては、アプリをインストール済みの顧客のみをターゲットとした情報を送信することができるわけです。
ビーコン技術の活用事例 海外や日本の小売業界をはじめ様々な業界で活用
ビーコン技術の活用事例 ホテルや空港など様々な業界でも活用されている
ビーコン技術についてインターネットで検索すると、小売業界で使用されているという情報が多く出てきますが、実はほかの業界にも活用されています。Forbes (2015) によれば、アメリカの大手ホテルチェーンStarwood Hotels and Resorts Worldwideはルームキーの替わりにビーコン技術を使い、宿泊客が自分の部屋のドアに近寄るとドアが自動的に開くという実験をしております。そして、アメリカの航空会社American Airlinesは、ビーコン技術で空港にいる顧客にゲートの変更など情報のアップデートを伝えるサービスを実施しています。また、他の航空会社もビーコン技術を取り入れているようです*8。
ビーコン技術の活用事例 小売業界においても活用方法は多様
このように様々な業界でも活用されているビーコン技術ですが、小売業界においても多様な使い道があります。基本的に、ビーコンが顧客の現在地に基づいてメッセージを送信するかどうか判断するので、企業はビーコンを通してターゲット顧客を店内の様々なセクションや、選んだ商品と組合わせが良い商品の置き場所に案内できます。また、顧客の近くにあるビーコンデバイスがその周囲の商品情報を送信して紹介することができます。さらに、ロイヤルカスタマーが店舗に入るとビーコンが認識して、小売業者からロイヤルカスタマーに報酬を送ることもできますし、小売業者はビーコンを通して顧客にクーポンを送ったり、店内の顧客の行動を把握したりすることができます*9。
ビーコン技術の活用事例 海外の小売業界で大手も活用
では、ビーコン技術が活用されている実例にはどんなものがあるのでしょうか。HBR (2014) に様々な事例が紹介されていますが、それぞれの事例には特徴があります。
北米の小売り大手Hudson’s Bay Company (HBC) の場合ですと、ビーコンによる通信は、自社アプリに頼るのではなく、多くの人が利用しているような外部の第三者のアプリを通じてメッセージを送ります。したがって、売り場の近くに入った顧客にメッセージを送れば、HBCで買い物をしたことがないような顧客にも届けることができることになり、当然ながらこの方法で新しい顧客の獲得にもつながったそうです。
Universal Display というアメリカの世界的なマネキンメーカーでは、マネキンの中にビーコンデバイスを装着します。顧客がマネキンに近づくと陳列されている洋服の詳細情報をスマートフォンに届け、気に入ったら即購入となります。
Regent Street というロンドンのショッピング通りにおいても、多くの店舗がビーコンデバイスを設置しています。顧客はRegent Streetの店舗共通の アプリをインストールしておけばビーコンを活用できます。さらに、そのアプリでは好みのカテゴリーが選択設定できるようになっており、店舗側はその設定によって、顧客に有用な情報のみをプッシュ通知で届けます。
ビーコン技術の活用事例 日本の小売業界も活用
日本でもビーコン技術が活用されてきています。例としては渋谷マークシティで2014年にビーコンの試験運用が行われ、スタンプを貯めたり、集めたスタンプを買い物券との交換ができたり、館内のイベントや店舗の情報が見られるニュースフィードやアンケートなどの機能も提供されたようです*11。
ビーコン技術、小売業者だけでなく顧客にとっても便利
一方、顧客も積極的にビーコン技術を使えます。店内でデバイス・ツー・デバイス(D2D)BLEサービスを活用すれば、顧客はビーコン技術を通して店員とコミュニケーションを取ることができます。具体的には、ビーコンアプリの「店内でアイテムを予約」や「タップしてアイテムを購入」といった機能は顧客にとって便利だと考えられます*10。
ビーコン技術、顧客の買い物体験に革新をもたらす
ビーコン技術の活用について要約すると、特定のアプリをスマートフォンにインストールしている顧客に対して小売業者が適切な場所で適切な情報を提供し、顧客のショッピングのあり方全体を改善するということです。この ような活用方法を考察すると、小売業界ではこれからも様々な革新的なビーコン活用法のアイデアが登場してくるのではないかと思われます。
ビーコン技術、店舗と顧客の双方にとって便利
なぜビーコンが好評を得たのでしょうか。HBR (2014) によると、ビーコン技術だと顧客は自分のスマートフォンのアプリを起動することなく、ポケットの中に入れたままでもメッセージを受信できます。これは店舗側にとっても、顧客にとっても便利な技術です。
小売業界に革新をもたらす技術② 「スマートシェルフ技術」
スマートシェルフ技術の仕組み
スマートシェルフ技術とは、既存の無線情報システムであるRFID (Radio Frequency Identification) を使って棚の上の商品の変動を監視し、棚卸を管理するシステムです。従来のRFIDの活用方法では、商品又は製品に一個ずつRFIDタグを付けなければなりませんてしたが、スマートシェルフ技術では棚にタグを付けるだけで済みます。
スマートシェルフ技術の活用事例 棚卸管理を効率化で生産性向上
スマートシェルフ技術の活用事例 棚卸管理を自動化して在庫切れを防止する多様な活用方法
スマートシェルフの実際の小売業における活用方法は、ビーコン技術のように様々な形が存在しています。Happiest Minds TechnologiesのアナリストMahesh D.氏 (2016) によると一つの例は、RFIDを活用すると同時に重量センサーを棚に設置し、この二つの技術を合わせて棚卸をリアルタイムで管理するものです*12。もう一つの例は、北米でのタバコ小売店でのスマートシェルフです。タバコの陳列棚は、それぞれの列の後ろに「プッシャー」というものが設置されており、タバコが取られると自動的にプッシャーが陳列商品ごと前に押し出ます。タバコ小売店の場合、RFIDタグが棚用プッシャーに取りつけられ、タバコが取られるとスマートシェルフはプッシャーの位置が変動したということを認識します (RFID Journal Japan, 2017) *13。また、後述のKrogerの事例ではスマートシェルフの一つ、デジタルシェルフも実験しました。
スマートシェルフを使用すると棚卸管理するプロセスを自動化でき、リアルタイムで棚卸数も把握できるので在庫切れという状態を防ぐことができるでしょう。このように棚卸の状況が分かれば、事前に商品を注文したり補完的商品を紹介したりして在庫切れで売り上げの損失を予防することができます (Mahesh D. , 2016) 。
スマートシェルフ技術の活用事例 海外で米小売大手Krogerが導入
Krogerというアメリカの小売大手は、2014年からデジタルシェルフを少しずつ導入しました。棚につける正札は従来の紙のかわりにLCDスクリーンであり、スクリーンにタッチすると商品の詳細情報が表示されます。さらに、このLCDスクリーンは客の動きによってCMやリマインダーなども表示します*14*15。
スマートシェルフ技術の活用事例 日本ではTSUTAYAが導入
日本での事例の一つは、2011年にTSUTAYAがスマートシェルフ、セルフレジやスマートゲートサービスを導入したことです。TSUTAYAはNECのRFIDスマートシェルフシステムを利用し、棚卸監理を効率化したそうです*16。
今後、小売業者はKrogerの事例のようにスマートシェルフを活用する目的として棚卸管理だけでなく、CMや商品情報を伝える手段としても活用が期待されます。また、店舗販売において、スマートシェルフ、ビーコン等のIT技術を組み合わせて活用することによって、小売商品と顧客を積極的に結び付けられるようになる日もそう遠くはないでしょう
小売業界はIT技術の積極的活用が期待されている
新しい技術というものは、改善されつつも徐々にビジネスに応用されてきました。今回取り上げたIT技術についても、Eコマースやネット通販は一般によく知られていますが、ビーコンやスマートシェルフという新技術も実は小売業者に広く使われてきています。この傾向は今後も続くでしょう。小売業界において、経営者はIT技術を積極的に事業に活用して顧客とコミュニケーションをとったり、より良いサービスやショッピング体験を提供したりすることが期待されているといえるでしょう。小売業界は「IoT時代」の便利さを証明することが期待されているのかもしれませんね。
参考文献等
1.ローソンフレッシュ - ローソンのニュースリリース
[http://www.lawson.co.jp/company/news/092293/]
2.ネットショップ事業者が実店舗を出店する理由
[https://precs.jp/blog/?p=5432]
3.Forbes: Why would Amazon open physical stores?
[https://www.forbes.com/sites/greatspeculations/2016/02/11/why-would-amazon-open-physical-stores/#4a21f7ea964d]
4.Fortune: 5 Reasons why Amazon is experimenting with physical stores.
[http://fortune.com/2017/04/28/5-reasons-amazon-physical-stores/]
5.米アマゾン、実店舗に本格参入 ネット通販補完
[https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM14H08_V10C16A2FFB000/]
6.Harvard Business Review (2011): The future of shopping
[https://hbr.org/2011/12/the-future-of-shopping]
7.Harvard Business Review (2014): How Beacons are changing the shopping experience
[https://hbr.org/2014/09/how-beacons-are-changing-the-shopping-experience]
8.Beacon Technology: The where, what, who, how and why
[https://www.forbes.com/sites/homaycotte/2015/09/01/beacon-technology-the-what-who-how-why-and-where/#1f0e1aeb1aaf]
9.How Beacons – small, low-cost gadgets – will influence billions in US retail sales
[http://www.businessinsider.com/beacons-impact-billions-in-reail-sales-2015-2]
10.Beacons in retail: what happened when we tried out the Regent Street App
[https://blog.ometria.com/whats-going-on-with-beacon-tech-in-retail]
11.いくつ知ってる!?Beaconサービス導入事例まとめ7選
[https://www.abeja.asia/o2o/leading-edge-technology/iot/ibeacon/post-4875/]
12.Smart Shelf Technology Shapes Retailing
[https://pointofsale.com/2016061612134/Point-of-Sale-News/Redefine-Your-In-Store-Experience-with-Smart-Shelves.html]
13.小売業者、タバコメーカー共にRFIDで商品の陳列状況を追跡
[http://japan.rfidjournal.com/articles/view?16172/]
14.Kroger tinkering with smarter shelf technology
[https://www.cincinnati.com/story/money/2014/11/05/kroger-tinkering-with-smarter-shelf-technology/18531865/]
15.Kroger tests “smart shelf” technology
[https://www.cincinnati.com/story/money/2015/10/02/next-shelves-giving-cues-kroger/73218252/]
16.TSUTAYA店舗、80万枚のUHF帯RFIDタグで販売在庫管理–セルフレジとも連動
[https://japan.zdnet.com/article/35010272/]
編集者:株式会社mannaka
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